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坂口安吾『白痴』

三島由紀夫は太宰治が甘い酒ならば坂口安吾はジンでありウォッカと形容したと言われている。まさにその文章には甘さがなく、現実の残酷さをそのままえぐり取る。前期の最後の授業で扱ったのは、坂口安吾の代表作、『白痴』だ。「堕ちろ、生きろ」と唱えた代表的評論『堕落論』と共に、坂口安吾を坂口安吾たらしめた作品である。新潟生まれ、東洋大学にてインド哲学を専攻、走り高跳びでインターハイ優勝などの経歴を持つ規格外の作家。太宰治、織田作之助と共に無頼派を形成、銀座のバー「ルパン」にて文芸批評を展開した。

Ango Sakaguchi

舞台は1945年東京。あの3月10日の東京大空襲を軸にして空爆の中の人間模様を描く。主人公は27歳の伊沢。新聞社に勤め、文化映画(プロパガンダ映画)監督でもある。彼が住んでいるのは売春婦、盗人、気違いなどが住む界隈。居候している家の大家は彼を「先生」と呼ぶ。明らかに別世界に住んでいる主人公はある高みから客観的に「下」の世界を観察しようと試みる。ある日家に帰ると隣人の「白痴」の女性が家に上がり込んでいるのを発見する。そこから二人の同棲、性生活が始まる。空襲の中逃げ惑う二人の目に映るのは、焼鳥のような死体群。とにかく二人は後ろを振り返らず前に進もうとする。希望はないが、絶望もない。


気違いと普通の人を分けるものは何だろうか?動物と人間の違いは何か?反道徳的とされている職業と一見まともに見える新聞社での仕事と、どちらが上なのか?


「白痴」の女性は故郷を想起させる無垢な存在でありながら、動物以下の醜いものとしても描かれる。戦争にその醜さを抹殺して欲しいと思いながら、その同じ女に感動と前を向く力を与えられる。それはあたかも自分が芸術家(醜悪なものを唾棄し、美しいもののみを受け入れる)であることを恃みにしている一方で、現実は薄給にがんじがらめになり、プロパガンダを作り続ける自分と重なる。


「人間が焼鳥と同じようにあっちこっちに死んでいる。ひとかたまりに死んでいる。まったく焼鳥と同じことだ。怖くもなければ汚くもない。」

乾いた文章だ。この文章の意味を考えたい。死んでしまえば、怖くもないし、汚くなくなる。逆を返せば、生きることは怖いことで汚いことなのだ。時として醜いもの、堕ちたものの中に生きるヒントがあるのではないか。生きることは必ずしも美しいものではなく、時として汚れている。堕落論の作者坂口安吾は言った。「堕ちろ、生きろ」と。『白痴』は道徳や倫理そのものを問うた問題作。読了後、希望でもなく絶望でもなく、ただ前に進むのだという思いが宿った。


 
“The Idiot” by Ango Sakaguchi

Yukio Mishima once said if Dazai Osamu is sweet sake, Sakaguchi Ango is vodka and gin. Indeed, his prose is brutally strong and scorching. He was born in Niigata prefecture and majored in Indian philosophy at university. His essay “Discourse on Decadence” together with this story made him famous. “The Idiot” was written in 1946, immediately after WW II. The story unfolds in Tokyo in March and April 1945. Tokyo was flattened by a series of air raids, the most devastating of which is that of March 10. Only one day claimed over 100,000 people. The protagonist, journalist and “education” film director lives in the neighborhood of whores, a madman, and a thief. He flees from the bombardments with a woman who is “feeble-minded”. There is neither hope nor despair. They just keep moving forward.


Is there any distinction between human beings and animals? What is the real difference between the mad man and normal people? What differentiates “artists” from the others? This story questions morality, art, and human beings.

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