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水村美苗 『日本語で読むということ』

「私は、その「書く」という行為が、「話す」という行為と密接につながっているとは思わない。「書く」という行為は、「読む」という行為と、はるかに密接につながっていると思っている。漱石は「読む」ことによって漱石になったと思っている。当然、文学とは、自己表現ではなく、「読む」ことから生まれると思っている。」

何かを創り出すには、そもそも自分の中に何かがなければならない。自分の中身が空っぽであれば何かが出てくることはない。黒澤明と大島渚の対談を思い出した。若い映画監督志望の人たちへの一言として黒澤が送ったアドバイスは、とにかく脚本を書いてみること。脚本を書くために、世界の物語、特に古典を読むことを勧めた。読むことから書くことへ、創造は読書から始まる。


「戦前の旧制高校の教育を受けた加藤周一は、真の教養人たるために、当時のヨーロッパの教養人に倣い、仏語、独語、英語の三ヵ国語を学んだ。しかもそれ以前に、『羊の歌』にあるように、小学校の頃から父親に漢文を学んでいた。加藤周一について書くとき、まずこの事実を指摘せずには何も書けない。西洋語の多重言語者でありながら、漢文も読める知識人は、もうこれからの日本には多分現れないであろう。」

個人的に旧制高校の教育に興味がある。フランス語、ドイツ語、英語が必須であった旧制高校。そこに伝統的な漢学の素養が足されることで、豊かな知の基盤が出来上がったのであろう。英語一辺倒の現在の傾向を見ると、暗い気持ちになってしまう。


「すべての芸術において、重要なのは、作品であって、作者ではない。もし作家が話すことに何か意味があるとすれば、それは作品を知った人を前に話すときにしかない。[…]作品を離れた作家の言葉は空虚である。」

作品を読んでいる読者に対しては、なるほど、自分の言わんとしていることは理解されやすいであろう。ただ、そのような贅沢さに常に恵まれているとは限らない。重要なのは、いかに不完全でも、出来る限り自分を表現していくことではないか。例え空虚に響いたとしても、その場の空気を震わせることでしか、伝わらないこともあるのではないか。特に作家は言葉を操る人間なのだから、全く知らない相手に対しても自分の思っていることを言語化できるはずだし、何かをその言葉で伝えることができるはずだ。

 

“What it is to Read in Japanese” by Minae Mizumura


I read essays of Mizumura, which is a sister book of “What it is to Write in Japanese”. As compared to the other one, this is in a way her love letters to books which she cherishes. She writes about her favorite books, the difficulty of translation, and the correlation between reading and writing. She also pays homage to her beloved authors including Shuichi Kato.


Mizumura writes that writing is inextricably interconnected with reading. To someone who went to America at the age of 12 and since then continuously immersed herself in the world of Japanese literature of the Meiji and Taisho periods, the language in which she found herself most comfortable was the one of Soseki. Hence, her debut work was an attempt to continue “The Light and Darkness”, which is his last work and unfinished. She once explained that when she debuted as a writer, the only thing she wanted to do was to write her novel in the language of Soseki. Now that her works have been translated into English, the word choice could be unconsciously affected with the translation in mind, she continued.


Mizumura’s writing through which I can see Soseki always fascinates me.

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