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谷崎潤一郎 『細雪』

谷崎潤一郎の『細雪』を読了した。ずっと読破しようと思っていた。18歳の時、大学の生協で新潮文庫を買ったのを覚えている。いかにも「和」という感じの表紙と細雪というタイトルのせいか、なかなか1ページ目を開けられないままであった。そして4年前、台湾に行く前に三冊全てを買い揃えた。いつか読まなくては、と思い続け、4年が経過してしまった。ふとしたきっかけで読み始め、あまりの面白さにぐいぐい引き込まれ、一気呵成に読み終えた。先週一週間は1930年代の阪神間にいた。この小説を貫くのは豊かさ、多層、多面性だ。言語(関西弁)の豊かさ。人間関係の多層性。幾重にも重なり合う感情の機微。谷崎の息の長い文章、その華麗さ、豊穣さ。初めから終わりまで関西弁で貫かれているのも圧巻だ。


本と建物


『細雪』の魅力は見事な対照の数々である。和服の雪子と洋服の妙子。蘆屋と渋谷。ピアノと琴。花見と蛍狩。お坊ちゃんの奥畑と叩き上げの板倉。平穏と天災。西洋と東洋。生と死。物語のプロットは要約すると4姉妹の三女(雪子)、四女(妙子)を嫁がせるために蒔岡家(次女幸子夫妻)が奔走する話。どのページを切り取っても文章の美しさでため息が出るような描写が続くが、特に印象に残った点を強いて挙げるとするならば以下の3つである。


1つ目は、阪神間を襲った大水害と板倉を襲った感染症。日々の平穏な暮らしの一部をえぐり取るような描写である。天変地異と病。リアルな筆致で描かれるシーンは文字通り息を飲む。「全く唯「痛い痛い」と云いつづけるところの、何か、人間離れのした、一箇の呻く怪物の如き存在」と化した板倉。「痛い痛い」という声と「怪物」と化した板倉像がしばらく頭から離れなかった。平和な暮らしに忍び寄る、自然災害、病苦、死。


2つ目は、蒔岡家と外国人家族との交流。ロシア人家族の家に招かれての食事のシーンも忘れがたい。妙子を日本風人形の師と仰いでいるカタリナ、その兄と、老母。両陛下の御真影とニコライ二世の額を同時に掲げている。食卓に次々と並ぶ食べ物、酒。ウォッカ、ビール、日本酒。生牡蠣、イクラ、胡瓜の酢漬。文化のずれから生じるやりとりがとてもリアルで、思わず微笑んでしまう。もうひと家族はドイツ人家族、シュトルツ家。幸子の娘、悦子はドイツ語(「Auf Wiedersehen」)で、シュトルツ家の娘ローゼマリーは日本語(「エツコさん、ご機嫌よう!」)で別れを告げる。人情味に厚く、綺麗好きのシュトルツ夫人。ドイツ語、英語の手紙でのやりとりが物語の重要な一部を占める。外国語の手紙や、候文の手紙もこの小説の文体に彩りを加えている。


3つ目は、何といっても一筋縄では行かない、多面性を持った人物造形だ。四女妙子然り。幸子の下女、お春然り。個人的にこのお春という登場人物に惹かれる。貧しい生い立ちのお春は、横着して着物も着替えず、襟を汚してしまう。ただ、人に対してはとても優しく、なんといっても頑健な体を持ち、勇敢である。水害の時や、雪子や奥畑が病気の時など、勇敢に、感染病など臆すことなく、八面六臂の活躍をする。幸子への忠誠も印象に残る。四女妙子はその当時流行していた「モダンガール」の装いで、普段は洋服を着ている。良家の娘は働くことが悪しきものだとされていた時代。それでも手に職をつけて、自分の足で立っていくことを望む。日本人形を作らせたらプロ級。日本舞踊を踊らせても一流。西洋の裁縫技術を学ぶためにフランス留学も考える。自分の欲するものは何をしてでも手にいれる。とにかくそれぞれの登場人物が魅力的である。


「彼女は妙子と云うものを、自分たち姉妹の中では一人だけ毛色の変った、活溌で進取的で、何でも思うことを傍若無人にやってのける近代娘であると云う風に見、時には憎らしくさえなることがあるのだけれども、この舞姿を見ていると、矢張妙子にも昔の日本娘らしいしとやかさがあることが分って、今迄とは違った意味で可愛いらしくもいとおしくもなって来るのである。」

感情の機微、すれ違い、プライド。姉と妹、何といってもこの4人姉妹の仲の良さ。妬みや嫉みがなく、お互いを思いやっている。この数年で読んだ小説の中で間違いなく最良のものだと思う。とにかく、純粋に小説を読む楽しさ、豊かさを教えてくれた。言葉がとにかく豊潤で、関西弁、候文、外国語、標準語が織り混ざり、この物語により一層の奥行きを与えている。源氏物語を訳したばかりの谷崎。板倉の霊が憑依するところなど、当然その影響は細雪にも及んでいるであろう。雪子の最後の見合い相手は谷崎が尊敬していた作家永井荷風を彷彿とさせる。天災の描写、感慨は谷崎が経験した関東大震災での恐ろしい体験を下敷きにしているに違いない。1938年のズデーテン地方割譲、1939年9月のドイツによるポーランド侵攻の切羽詰まった状況も描かれている。第二次世界大戦中の検閲下にも関わらず自費出版でも出版する決意をした物語。


ジョイスの『ユリーシーズ』、プルーストの『失われた時を求めて』、と併せて死ぬまでに原語で読みたい作品であった。読後の充実感はまだ残っている。


『細雪』と云うタイトル、結局細雪が物語の中で降ることはなかった。それでやっとタイトルの謎が解けた。文句なしで最高の小説の1つだ。

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