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『穴』 小山田浩子

芥川賞受賞作。著者は1983年広島生まれ。綿谷りさ、金原ひとみと共に僕と同い年だ。同時代を生きてきたということもあって共感する部分が多くあった。Grantaの彼岸花(『庭』に収録)と合わせて読んだが、嫁姑、都市と田舎、動植物、が共通のテーマとして扱われていた。匂いが文章から物理的に漂う文章は中上健次の『残りの花』を読んで以来だった。もっと彼女の作品を読んでみようと思った。



 

主人公は松浦あさひ、30歳。非正規の仕事をしていたが、夫が田舎に転勤することとなり、辞職する。その転勤先は夫の実家の近く。夫の母親からの提案で、実家の隣の空き家をただで借りられることになり、新生活が始まる。そこで様々な人や奇怪な動物と出会い、生活や自己が変質していく。そして、姑に似ている自分を発見して物語は終わる。家、慣習、しきたりに呪縛され、人間が変容していく姿が描写されている。

「世羅さんからすれば松浦さんと言えば姑の代の人を指すのだろうし、夫は息子さんになるのだろうし、となれば私はお嫁さんだ。私はお嫁さんになったのだ。とっくになっていたのに気づかなかったのだ。」

「松浦あさひ」という一個人のアイデンティティは夫<姑<家の文脈におけるアイデンティティへとシフトしていく。そこでは個々の自分は無力だ。夫との関係性によって自分の社会的立ち位置が決定する。


「正社員に比べれば大したことがないであろうがそれなりにのしかかっていた業務や、責任や、愚痴や苦痛は、全てアパートの中空の2DK分の価値しかなかったのだ。それが姑らの好意でただになれば、別に私の労働はなくてもやっていけるのだ。人生の夏休み、もしかしたらそれは終わりが来ないのかもしれないのだ。」

人は生活のためにあくせく働く。どれほど辛いかを、大変かを嘆きながらも、そこに一種の充足感を感じながら。家族のため、子供のため、生活のため、という大義名分を掲げながら。では、お金が十分にあって、働く必要性がなくなったとしたら?


「『じゃあお嫁さん暇ね。暇なのは、しんどいわね。人生の夏休みね』わたしはうなずいた。そして覚えず涙が出そうになったので驚いた。」

コロナ渦になってから、自分の仕事の価値について、そもそも何のために仕事をしているのかを考えさせられた人も多いだろう。僕もその1人だ。人間はつくづく社会的な生き物だと思う。金銭的な理由でなくとも、誰かと何らかの形で繋がっていることを求めるものだ。パスカルは人生の意味は気晴らしとした。「人生は意味がないという事実を忘れるために常に何かをして気を紛らわせる」。暇は苦しいのだ。 不気味なのはタイトルにもなっている穴の存在だ。人生にはたくさんの穴がある。不思議の国のアリスのように、その穴に絡めとられてしまう。その大きな穴の一つにはまり続けてしまっているように見えるのは、引き込こもりの夫の兄だ。その存在は忘れ去られている。 小山田浩子の義理の祖父母の描き方が『彼岸花』でも、この作品でも独特で、世代間のやりとりにおける微妙な言動や仕草の描写も見事だった。

 

“The Hole” by Hiroko Oyamada Oyamada was awarded with the Akutagawa Prize for this work. She was born in Hiroshima in 1983. As I was born in the same year, there are many parts I can identify with all the more for that. I usually try to read the works of the authors of my age, so I’m looking forward to discovering more of her stories. This story deals with varied themes such as family, shut-ins (hikikomori), and above all identity. What is work? What is family? Who is “I”? The title “The Hole” is ominous by itself. We are apt to fall into a pit unconsciously. It absorbs and transforms us until we have become something else. Oyamada’s writing is unique in that it appeals to our senses, especially the strong smell which fauna and flora evoke. I also liked various nuances and subtleties in the dialogues and demeanors of the characters of different generations.

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