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外国語での「格闘」―『苦しかったときの話をしようか』-ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」by 森岡毅を読んで―


今、僕は新しい人生の岐路に立っている。そこで、尊敬する先輩夫婦が一冊の本を薦めてくれた。あのUSJを復活させた、敏腕マーケターによる本である。著者の娘さんは大学生活を終え、まさに船出の時を迎えている。親と子、なかなか面と向かっては言いづらいこともある。そこで、著者が今までビジネスの最前線で培ってきた本当に大事なことを娘に書き残しておくという設定だ。自分の子供に書き残しておくのだ。嘘偽りのないことを書こうと思うだろう。その中には何か有益な情報が含まれているに違いない、と思い、読み始めた。


正直、前半部は学ぶところは多いものの、一般的な自己啓発本の域を出ない、「あ、こういう本ね」という感じでなんとなしに読み進めていったが、後半部で、不覚にも目頭が熱くなった。映画を観る時ですら、泣くことはほぼない僕が、この本の一文に心を鷲掴みにされた。そして、今流行の言葉で言えば、「圧倒的な熱量」で、ぐいぐいこの著者の世界に引き込まれた。

まずシンプルにこの本の要諦を言えば、娘へのアドバイスは、ずばり、自分の得意なことを見つけて、それを伸ばせというものだ。茄子は良い茄子にはなれてもいい人参にはなれない。その得意なものを見つけるための座標軸として、3つのカテゴリーを提示する。その3つとは、T(Thinking)、C(Communication)、L(Leadership)である。この3つの中から自分はどのタイプに属しているのか判断することが有益だという。正解の道は1つではなく、たくさんある。選んだ会社が違うと思えば、違う会社に行けばいいだけの話。ただ、辿ってはいけない失敗の道は、自分に合わない何かをずっとやり続けることだと言う。 最近この重要性を改めて感じる瞬間があった。近しい友人が長く勤めた会社(営業職)を退職し、Web作成のフリーランスとして働き始めた。会う度にコミュニケーションの面で愚痴をこぼしていた彼が、今やデザイン1つ、非常に細かいところに何時間も、何十時間も時間をかけて、嬉々として仕事に打ち込んでいる。好きこそ物の上手なれである。 何よりも感銘を受けた章はこの本のタイトルにもなっている「苦しかった時の話をしようか」の章である。著者がアメリカのヘアケアー会社P&Gに勤めていた時、アメリカにブランドマネージャーとして派遣される時の話が中心になっている。その当時唯一の日本人であり、完全なマイノリティ。意気揚々と仕事を始めるが、そこで待っているのは同僚による様々な嫌がらせ。プレゼン資料がポルノの画像に入れ替わっていたり、会議ではわざとスラング(俗語)を連発し混乱させてきたり(ただ、この著者はわからない度に”Pardon”を何度も繰り返し、最終的にアメリカ人の方が折れたという強者である)。挙げ句の果てに、同僚から言われた言葉は”You mean nothing. You are our liability”(お前は何の役にも立たない、お荷物だ)。この一言で不屈の精神を持っている著者も流石に精神的に追い詰められ、諦めて日本に帰ることさえも頭をよぎる。ただここで著者は覚悟を決める。ここで諦めたら後進の日本人の道も閉ざされる。決死の覚悟で、自分の15分のスピーチを唯一仲良くしてくれていた同僚に英語で録音してもらい、それを完全コピー。見事大事な商談を成功させる。成功し、業績が回復し、マネージャーとして有能であることを証明すると、同僚が彼を認め始めた。最後に彼がした仕返しは自分のMiddle Nameは “Uesama”だと同僚に言い、上様と自分を呼ばせたこと。思わず笑ってしまった。この人のガッツ、グリット、まさに武士である。わからなかったらpardonと何回でも止めることができる勇気、そして、上様と自分を呼ばせるユーモア感覚。この姿勢から学ぶことは多くあると思う。まさに彼こそ外国語を使って「格闘」している人である。 ここで、僕の心に響いた実践的な著者のアドバイスを2つ紹介したい。人間は本能的に守りに入る習性を持っている。よって、新しいことを始める時、未知の世界に足を踏み入れる時、不安になることはある意味人間として当たり前のこと。もし今不安になっているのであれば、それは自分が成長している証。不安という表現はネガティブなので、著者は自分が何か不安な気持ちになっている場合は「しびれる」と言うようにしているらしい。そう言えば僕が私淑している大先輩の口癖も「しびれるね」だった。新しい一歩を踏み出した今、不安だらけだが、僕も大いに「しびれ」ながら進んでいきたい。 もう1つ、共感したのは、大事なのは「What」であって「How」ではないということ。面接などでいくら話し方を練習しても中身がないと何の意味もない。自分しか持っていないものがあるんだという自信さえあれば、プレゼンでうまく話そうと気負う必要もなくなるであろう。肩肘はらず、自然に、気取らず、自分の中身で勝負すること。そのためには伝えたい何かが自分の中にあることが前提なのは言うまでもない。

最後に、僕がとどめを刺された一文を紹介する。この本は父が愛娘に対して書いた手紙なのだ。

「小さな手で思い切り薬指を握ってくれたあの瞬間に、君の一生分の親孝行はもう十分に済んでいる」

まだ子どもはいないが、子どもを持つとこういう心境になるのであろうか。涙が頬を伝った。本気の言葉は心を打つ。 自己啓発系の本は普段あまり読まないが、この本は掛け値なしに面白い。紹介したエピソード以外にも実体験に基づいたストーリー満載である。お勧めの一冊だ。

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