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内田百閒『第一阿房列車』

授業で内田百閒の『件』を扱ってからその作品の独特さに惹かれた。漱石一門である。同門の芥川龍之介も『内田百閒氏』と題した随筆を書いており、その才能を称えている。黒澤明の遺作「まあだだよ」の大学教師のモデルとなった人物でもある。東京大学ドイツ語学科を卒業した後、法政大学で教鞭を取る。その頑固ではあるが憎めない性格から名物教師として学生からも人気があったらしい。あの小川洋子も敬愛する作家である。 『第一阿房列車』は内田百閒の随筆である。鉄道好きの著者がただただ電車の旅をし、その途上であれこれと考えを巡らせる。一種の紀行文ではあるが、他の紀行文と一線を画すのはその内容の中心が訪れた場所ではなく、電車の旅そのものにある点。例えば、東京から大阪まで8時間かけて旅をする。大阪で降りることなく、とんぼ返りする。楽しみは電車に乗ることそれ自体で、特に用事はない。 「用事がないのに出かけるのだから、三等や二等には乗りたくない。汽車の中では一等が一番いい。私は五十になった時分から、これからは一等でなければ乗らないときめた。そうきめても、お金がなくて用事が出来れば止むを得ないから、三等に乗るかも知れない。しかしどっちつかずの曖昧な二等には乗りたくない。二等に乗っている人の顔つきは嫌いである。」 思わず笑ってしまった。二等の客の顔つきは悪いものだと決め付けている。自分に当てはめてみると、20代の時のハードなバックパッカーの旅はもう出来ない。かといって一等席は身分不相応である。内田百閒にとっての嫌な顔つきをするような人に仲間入りしてしまったような気がして、どきっとする。 この人、頑固で偏屈で変わり者ということに加えて、一人で旅することはできないというから始末が悪い。必ず連れが必要で、その役を務めるのは国鉄職員の「ヒマラヤ山系」。人生の深淵について、難しい哲学について語るわけではない。ただただ聞き役に徹し、良きところで相槌をうつ。無言で時を過ごすことも多い。一番の楽しみは旅館での晩酌、そして電車の食堂車での酒肴である。鷹揚で電車に乗り遅れても急がない。 「それはそうだけれど、そんな事で間に合いたくない。だれが間に合ってやるものかと云う気持ちである。」 今の世の中、余白、余分、無駄がどんどん削ぎ落とされている。本当に重要なことは余白の中にこそ潜んでいるのだろう。この本を読んで旅の真髄について考えさせられた。『阿房列車』は第3巻まである。引き続き内田先生と旅をしようと思う。



 
“Travel Essay” by Hyakken Uchida

Hyakken Uchida is one of the disciples of Soseki Natsume. After graduating from Tokyo University with a degree in German, became a professor at a private university in Tokyo and taught there for about 15 years. It is said that his character was quite unique and was therefore admired by his students. The last film of Akira Kurosawa is based on Uchida’s life. This essay made me think of the essence of travel, which lies in the act of moving itself. These days, we tend to aim for efficiency and therefore the “waste” is the enemy. Relying on GPS, we can reach our destinations without wasting our time due to losing our way. However, efficiency is sometimes bound to strip travels of something precious. The protagonist of this essay does not have any specific destinations. For example, he just goes to Osaka from Tokyo by using a normal train (taking him 8 hours!) and doesn’t get off the train there. For him, the ride itself is fun. Eating and drinking in a dining car is a joy. While traveling, he contemplates on life. This book taught me something important I had almost forgotten.

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