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国木田独歩「忘れえぬ人々」

「親とか子とか又は朋友知己そのほか自分の世話になった教師先輩の如きは、つまり単に忘れ得ぬ人とのみはいえない。忘れて叶うまじき人といわなければならない、そこで此処に恩愛の契りもなければ義理もない、ほんの赤の他人であって、本来をいうと忘れて了ったところで人情をも義理をも欠かないで、而も終に忘れて了うことの出来ない人がある。」

これが「忘れえぬ人々」の独歩の定義だ。物語は30歳の大津(作家志望)、25歳の秋山(画家志望)が偶然旅先で出会い、語り合うところから始まる。お互いにまだ無名で、芸術家として名を成したいという野心を抱いている。酒もいい具合に作用し、最近の文学者や画家の大家を厳しく批評するシーンからもこの二人の野心が見え隠れする。外は嵐。宿の中は暖炉を囲んで熱燗を傾ける二人。


「戸外は風雨の声いかにも凄まじく、雨戸が絶えず鳴って居た。[…]二人とも顔を赤くして鼻の先を光らして居る。傍の膳の上には燗陶が三本乗って居て、杯には酒が残って居る。」

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このコントラストが見事で、初めて会ったばかりの二人きりの独特な親密さが感じ取れる。やがて大津がスケッチのごとく書いた「忘れえぬ人々」という原稿を秋山に説明する運びとなる。大津が旅の途上で出会った3人の忘れえぬ人々が描写される。全ての人たちに共通している点は大津が実際に話したことがなく、風景の一部と化している人々という点だ。旅に出て雄大な自然に触れ、自分の卑小さに気づく。その大きな自然を背景に日々ルーティーンをこなす小さな市井の人々。芸術家として大成したいという大きなエゴが、大自然と出会うことで、また、その風景の一部と化しているちっぽけな人間たちの生活を目にすることで、希釈される。自分のごつごつとしたエゴの塊が、旅先で出会う人たちの柔らかい匿名性の中に溶け込む。


「その時油然として僕の心に浮んで来るのは則ちこれらの人々である。そうでない、これらの人々を見たときの周囲の光景の裡に立つこれらの人々である。」

自分は何か大きなことを成し遂げなければならないという焦りと、自分もまた何者でもないという認識の狭間を、雄大な自然を背景に行き来する。大自然の偉大さ、人間存在の小ささ、同時に小ささ故の尊厳が独歩の正確な筆致で描かれる。情景をくっきり切り取り、眼前に現出させるような素晴らしい描写である。


人生とは何かを考えさせられる忘れえぬ短編となりました。Jay Rubinの名訳と合わせてお薦めします!

 

“Unforgettable People” by Doppo Kunikida


Doppo Kunikida is a renowned naturalist and romantic writer. When young, he was baptized as a Christian. He later participated in Sino-Japanese War as war correspondent and founded a women’s magazine “Fujin-Gaho”, which still exists today.


The story starts with a serendipitous encounter of two young men, one an aspiring writer (Otsu) and the other a would-be painter (Akita). The self-proclaimed writer comes to explain one of his manuscripts entitled “Unforgettable People”.


Otsu depicts three people he met in his journeys. What they have common is them being part of nature. He never talks to them; just observes them. The big ego of an ambitious young man is eroded and melted by his encounter of vast nature and trivial human beings who lead routine lives against its backdrop. He is impressed deeply by those people and given power to move on while recognizing he is the same with them, being nothing.


You can enjoy Doppo’s beautiful language in the masterly translation of Jay Rubin. This story makes us think about life. I would strongly recommend it!

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